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親子の絆
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3.同行共育(教育) 〜山路越え〜《てっぺんとりで》
 「てっぺんとりで」への坂道をわたしはあえぎあえぎ登っておりました。目の前を3年生の女児を背負ったママが元気はつらつの態でかけ登って行きます。その後をゆっくりパパが追いますが、その姿は足を引きずりだいぶお疲れの様子です。

  それでも5年生くらいの姉が、猫なで声で 「パパおんぶして」とねだります。一瞬、パパの顔は曇りましたが、けなげにもそれを笑顔に変えてしぶしぶ背中を差し出しました。そこへガバッと姉は飛び乗りました。家族の中でいちばん長い足はなお地上に届いたままです。ママの背中でご満悦の妹が、大声で3人に話しかけました。

 「もう・・・。あとは、産まれてこなければいいのにね。」「どうして」「だって背中が1つ足りなくなるもん。」まさに至言とはこのことです。これ以上の同胞数になりますと、両親の背中が定員オーバーになってしまうわけです。わたしは楽しくなって思わずニヤリとしました。パパの背中に1人ママの背中に1人、この仲良しの4人家族が発散するあたたかい雰囲気は、百方言にもまさる家族愛の深さを物語ると感じたわけです。

 ここには生活に根づく生きたコトバが、いきいきと飛びかっています。この場合のコトバとは、国語(日本語)の音韻・文法構造に、必ずしも合致するものではありません。しかしこうしたノンバーバルな表情とか身振り、目つきなどは、重要不可欠な伝達法に他ならないのです。コミュニケーションとは「意味・気持ち・心」いわゆる内実の伝え合いにあります。そしてその根底には、人と人との関係のあり方が、厳然とした形で横たわっております。にもかかわらず現代社会では、教科書通りにことばにさえ置きかえておけばわかったはずであると安心しきる言語生活が、日常的にあまりにも多過ぎはしないでしょうか。

 社会全体にはびこる美辞麗句は物の豊かさの中での人と人との関係、心の希薄さに直結する場合が多いことは確かです。それだけに現代教育に課せられた心の教育の起死回生策は、てっぺんとりでへの坂道の「山路越え」、言いかえると「同行教育」の中に横たわることを直視すべきです。これは共に感じ響く、人間的絆(きずな)の確かめ合いなのです。このことを身体ごと確信するために、えひめこどもの城は存在するのです。

平成12年8月1日
 
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親子の絆
1.そったく同時
〜トコトン一緒〜
《相談コーナー》
2.親の背中
〜真の学習とは〜
《森の迷路》
3.同行共育(教育)
〜山路越え〜
《てっぺんとりで》
4.自立(自律)
〜親切、不親切〜
《ふれあいの池》
5.親子関係
乗り越えられる〜
《卓球コーナー》
6.自己教育力
〜ただひたすらに〜
《パソコンコーナー》