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親子の絆
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2.親の背中 〜真の学習とは〜《森の迷路》
 今年「森の迷路」で、ウグイスの鳴き声に出合ったのは、確か啓蟄(けいちつ)の頃でした。以後、ひなドリの声が親ドリのそれに次第に近づくさまに、興味深々と耳をそばだててきました。一般的にウグイスの鳴き方はその個体が住む谷によって、それぞれ異なるとされています。すなわちお手本の違いによって、子子孫孫(ししそんそん)に受けつがれる鳴き声は、異なってくるわけです。このことはもっともらしく言えば、「環境優位説」とでもなるのでしょうか。

 幸運にも一昨年は、数日の間に長野、島根、徳島でウグイスの声を聞きました。気のせいかその鳴き方には、方言のような違いがあるように感じられました。しかし松山側と砥部側の谷での違いは、私の耳では弁別不可能でした。

  もともと当園(敷地面積34.6ha)のウグイスたちは、こどもの城一家としてのお手本が同じであるか、または類似しているからでしょう。ともかく最初はケキョともならなかったひなドリの鳴き声は、日増しに親ドリのホー、ホケキョに近づくのです。その懸命の学習過程は、まさに注目に価すると言えるでしょう。

 ところで、従前の学習理論の多くは、「親ドリに近づく努力や責任のすべては、ひなドリの側にある」と断定したのに対し、最近の考え方では、教える教えられる側相互の「力動関係」と掌握するところに、大きな違いがあるのではないでしょうか。もしかすると、鳴かせじょうずの親ドリは、わたしどもの気づかないところで、ひなドリの鳴き方に合わせて、自分自身を変えているのかも知れません。こうした親子の生きざまは今日的な言い方をしますと、おそらく共存、共感、共学、共生とでもなるのでしょう。

 子どもを変えたいと念ずるなら、まず親がかわらなければならないことは、未来永劫(ごう)にわたる真理であります。そしてそうした相互関係的な自己変容が最も苦手なのは、わが子のテストの成績は常に子どもだけの責任であると考える人間さまなのです。こどもの城での経験至上主義の思想は、親がイキイキと目を輝かせない限り子どもの目は絶対に輝かないことを、厳しく告発していることを忘れてはなりません。

平成12年6月1日
 
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親子の絆
1.そったく同時
〜トコトン一緒〜
《相談コーナー》
2.親の背中
〜真の学習とは〜
《森の迷路》
3.同行共育(教育)
〜山路越え〜
《てっぺんとりで》
4.自立(自律)
〜親切、不親切〜
《ふれあいの池》
5.親子関係
乗り越えられる〜
《卓球コーナー》
6.自己教育力
〜ただひたすらに〜
《パソコンコーナー》