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思いやりの心
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5.バリアフリー 〜あたりまえのこと〜 《モノレール》

 てっぺんとりでの展望台は標高・約170メートルの山頂にあります。ここは駐車場とモノレールやスロープで結ばれ車椅子、ベビーカーでの登頂が可能です。きょうもスニーカーとリュックで身をかためた2歳男児と弟(乳母車の中)が、一家団欒の体で登ってきました。最近のバリアフリー意識からすれば、この風景はしごく当然のことでしょう。某テレビ局も同じ見地からしまなみ海道、車椅子ラリーを放映していました。現代の機械文明は「乳母車、空に昇る」「車椅子、海を跳ぶ」との壮挙を、文字通りあたりまえのこととして実現しているわけです

 しかし人類は長い長い間、わずか3センチの落差が胸突き八丁の障壁となる現実を前にしつつも、それがあたりまえのことであると切歯扼腕(せっしやくわん)の思いの中で、諦め続けて参りました。今日においても車椅子が通れない道路や階段トイレは際限なく存在することも事実です。しかしようやく最近、強者と弱者共存社会への認識が浸透するにつれて、公共施設のバリアフリー化が国家的施策としても本格的に検討され始めました。

  このことは世界でも類例を見ないわが国の高齢化社会の現状から考えても、しごく当然の課題となるにちがいありません。今後の進展状況を自分自身の問題として冷静に見つめていかなければなりません。

 ところでバリアフリー最大の難敵は道路や階段などの施設・設備面(ハード)ではなく、人の心や文化的側面(ソフト)にあることを忘れてはなりません。言い換えると人の心が、あたりまえのことをあたりまえとして正しく認知できるかどうかで、その正否は決定されてしまうわけです。それゆえに現代社会の教育的課題は、子どもたちの胸中にあたりまえのことに対する正当な感性をどう育てるかにかかってくるわけです。ここでは百万言の言語的指示よりも、たった1回の生身の体験がより有効であることは言うまでもありません。

 かつて北原白秋は、「バラの木にバラの花咲く、なにごとの不思議なれど」と詠い、バラの木がもつあたりまえのことに感動の涙がとめどなく流れ出たと述懐しています。こうした白秋のするどい感性を求めて、今、えひめこどもの城でわたしどもに課せられている仕事とはいったい何なのでしょうか?それは無言のしじまに身をまかせながら、自然界の森羅万象が表出するあたりまえのことと、ただ、ただ向き合うことに他ならないと思います。

平成15年8月1日

 
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思いやりの心
1.求同存意
〜最大の敵、そして味方〜
《森の広場》
2.立役者(主人公)
〜すっぽんぽんのすっ裸〜
《じゃぶじゃぶ水路》
3.人そのもの
〜おばあちゃんになりたい〜
《冒険の丘》
4.意味の共有
〜袖(そで)すり合うも〜
《多目的ホール》
5.バリアフリー
〜あたりまえのこと〜
《モノレール》
6.不易と流行
〜心を育てる〜
《パソコンコーナー》