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思いやりの心
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3.人そのもの 〜おばあちゃんになりたい〜 《冒険の丘》
 冒険の丘には、頂上部を一周する自走式モノレールがあります。2人で仲良くペダルを踏んでいると前後の車上からも、うわー、絶景との歓声が響きます。寒風の中で落葉が吹雪のように舞い散ります。目をこうした光景から瀬戸内に転じた瞬間、次の一文を思い出しました。

 「有能な船頭が櫓を漕ぐ時は、けっして船の舳先(へさき)だけを見ているのではない。遠くの山もみている」。なぜこんな所でこんな想念が浮かぶのでしょうか。周囲の展望のみごとさにも助けられて、船頭さんは近景だけでなく常に遠景をも見つめておられる、その名人気質にあらためて深い憧憬を覚えた次第です。続いて某銀行の掲示板で、次の1文を眺めました。

 「恋し、結婚し、母になった。この街でおばあちゃんになりたい」


 この文章が何のためにここに掲示されているかは知りません。ただ行間に作者自身の遠景(人そのもの)が、底抜けに明るくそして赤裸々に語られているだけに、読み手は思わず引き込まれてしまうわけです。ここでのこの街とは心底から愛する故郷のことですが、真実こうした心の安全基地を、遠くの山も見ている形で肯定的に表明できる人は幸福です。一方これとは異なるふるさと否定の代表歌には、室生犀星の「ふるさとは遠きにありて思ふもの・・・」があげられるでしょう。

 ところで人はふるさとの肯定、否定派のいずれであろうとも、それはそれでよいことなのです。しかしながらこの街でおばあちゃんになりたいと切望しながら生涯にわたる全生活をかけて、その人なりの遠景(人そのもの)をどれほど豊かに創出できたかは大問題です。思えば現代の教育は、知育と人間形成の合一をめざしながらも、目の前の近景(知識や技能)陶治のみに追い立てられて、それを駆除する遠景(人そのもの)がなかなかに育たない現実に苦悩しているのです。

 えひめこどもの城の山川草木は、こうした学校教育における近景と遠景の乖(かい)離性を、幼児期からの遊び体験を通じて執拗に自問自答するために用意されているのです。前掲名歌への語(ご)ろ合わせを1句、恥ずかしさを忘れて掲載させていただきます。「遊んで、ころんで、泣いた。この城でケンカもしてみたい。」あくまでも人間理解の基本的立場は、「できる・できない」よりも「たくましく生き抜く力」にこそ置かれるべきです。

平成11年2月1日
 
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思いやりの心
1.求同存意
〜最大の敵、そして味方〜
《森の広場》
2.立役者(主人公)
〜すっぽんぽんのすっ裸〜
《じゃぶじゃぶ水路》
3.人そのもの
〜おばあちゃんになりたい〜
《冒険の丘》
4.意味の共有
〜袖(そで)すり合うも〜
《多目的ホール》
5.バリアフリー
〜あたりまえのこと〜
《モノレール》
6.不易と流行
〜心を育てる〜
《パソコンコーナー》