子育てっておもしろい Ehime Child's Castel えひめこどもの城トップページへもどる
 

自立への旅立ち
もどる つぎへ

3.落葉帰根 〜植物の育ちと子育て〜《四季の森》
 「分け入っても分け入っても青い山」。山頭火の一句です。砥部の里の木々の緑は、梅雨から初夏にかけてが最も生き生きとしています。ここで五感をそばだてていますと、植物育ての中に、子育ての原点が横たわることに気づきます。

○独自性の価値
 花にはそれぞれの美しさがあり、風に吹かれる数百種の樹木にも数百通りの揺れがあります。子育てにおいてもその子の「独自性」、その子なりの「個性」を最大限に尊重したいものです。それを具体化するためには、見返りを期待しない「無償の愛」が不可欠となります。
○保護と突き放し
 植物育ての名人は対象を「カワイイ・カワイイ」と慈しみながらも、一方では冷静に突き放しの時期を見きわめているのです。ここでの判断を誤りますと植物は育ちません。幼児期でのその時期は、まず三歳時期を中心とする課題にあるのではないでしょうか。
○内なる力
 植物を育てる要諦(てい)は、土地を耕し肥料を与え下地を整えながら、根気強く水やりを続けることです。ここまでの手続きで、世話する者の仕事の大半は終わりです。子育てでは子どもからの内なる力の発動を信じて、「ひたすらに待つ」ことが大切な努めとなります。
○雑草のような強さ
 抜いても抜いても、また生えてくるのが雑草のたくましさです。それだけに除草作業での汗の量によって、苗木の育ち具合は決まるのです。だが現代の社会や学校においては、世話する側と世話される側ともに、雑草が持つ強さや忍耐力を培う方途が不明のままなのです。
○落葉根に帰る
 鬱蒼(うっそう)とした大樹の根もとでは、落葉や枯れ木がまさに朽ち果てようとしています。親は自らの終焉(えん)の全てをかけながら、子どもに必要な養分や水分を懸命に残そうとしているのです。その輪廻(ね)の厳粛さには、ただ頭が下がるのみです。

 植物育ちの主人公は、あくまでも世話される側の植物そのものなのです。それゆえに世話する者は徹頭徹尾、脇役の立場に徹しきるべきです。このことは人間の世界でも全く同じです。もともと子どもは親や教師が教え得ない欠落部分を、自分なりの力で補う「自己教育力」を持っているのです。子ども(主人公)のそうした天性を支えるのが、発達援助・支援教育と呼ばれるものなのです。こうした立場からも自然主義教育の創始者、ルソーの「子どもは自然に帰れ」との指摘は至言です。遊び体験の場、えひめこどもの城が存立する意義もかかってここにあるのです。

平成16年8月1日
 
もどる つぎへ




●● もくじへもどる ●●
自立への旅立ち
1.中央分離帯
〜探索・好奇心〜
《松山側駐車場の階段》
2.花落ちて、花開く
〜感性の育ちこそ〜
《通谷池周辺》
3.落葉帰根
〜植物の育ちと子育て〜
《四季の森》
4.恐怖心
〜泣かせると喜ばれる〜
《お化け屋敷》
5.今、ここに
〜17分間の会話〜
《カリヨンモニュメント》
6.心って?
〜人と人との関係の問題〜
《周遊園路》